航空母艦「千代田」(1/700 ピットロード)
IJN fleet aircraft carrier CHIYODA(Piroad)
参考文献:光人社「丸メカニクス・日本の空母」
グランプリ出版「日本艦艇写真集『空母』」
KKベストセラーズ「日本海軍全艦艇史」
「海軍艦艇史3」
大日本絵画「ネービーヤード」誌 第4号
「マリアナ沖海戦」川崎まなぶ著
図書出版社「日本空母戦史」木俣滋郎著
国文社 「日本海軍艦艇公式図面集 第1集 空母『千代田』」
Reference document:Kojinsha"Maru mechanics:IJN aircraft carrier"
Kojinsha" Picture of IJN vessels extra:Blueprints"
Grand Prix press"Photos ofI IJN vessels "
KK best sellers"History of all IJN vessels"
"History of IJN vessels 3"
Tosho shuppannsha"War history of IJN carriers"
Kokubunsha "Offical blueprints of IJN vessels 1 CV CHIYODA"
点数は少ないものの良好な写真に恵まれ、なにより図面があったので制作は楽な船でした。
状態としては、まだ迷彩されていなかった「あ号作戦」当時の状態を模しています。
This model is made as CHIYODA ,that is the assumption of the battle of Mariana islands.
<飛行甲板>
飛行甲板はあ号作戦当時はまだ迷彩塗装されていませんでした。
既に当時、飛行甲板の後端に個艦識別用の字が記入されていました。
In june 1944, carmoflage paintings were not being painted yet.
<艦首>
アンカーはキットにモールドされているものの上に新しい別部品のものをとりつけています。
艦首のボラードから救命ボートにたれさがっている索は0.2mm真鍮線製。
艦首の菊の御紋はプラ製を使用。
図面に記載されている防雷具用の穴は0.6mmドリルで開口しています。
Anchor is replaced to parts from PITROAD.
Empelors emblem is made of plastic parts.
<側面・水線下>
艦側面はけがいて鉄板の接合を表現。
窓は写真を参考に、閉塞された場所にスライスしたプラ棒をはりつけました。
舷外電路は0.3mmプラ棒にて表現。
船体はプラ板で図面からトレスしたものに、パテをもりつけて整形。
スクリューは真鍮、プラ棒と銅板を曲げてピッチをつけたもので自作しました。
側面の汚水捨て管は左舷側のものが不明だったので、「千歳」のものを参考にしています。
Hull under wtarline is made of plastic plates and putty.
screws and shafts are made of brass lines and copper plate.
Degaussing cable is made of 0.3mm plastic lod.
Most of windows on hull are being closed ,in order to prevent sink the vessel.
<マスト>
マストはピットロードのエッチング製。戦闘旗、軍艦旗、速力標を掲揚。
一三号電探を当時装備していたかは不明ですが、他の艦も装備しているのでピットロード製のものをとりつけました。
Masts and rader antenna are made of brass photo-etched parts from Pitroad.
<機銃・高角砲>
高角砲はキットのものに真鍮製砲身や真鍮線などでデコレート。
カバー付の機銃はキットのものに真鍮線で銃身とすきまを埋めるラインを、さらにエッチング製手すりを追加。
資料では搭載されていたことになっている単装機銃はどこにとりつけられていたのかわからないので、敢えて載せていませんが、おそらく飛行機が
出払ったあと飛行甲板上に移動式のものが置かれていたと思われます。
Gun barrels of AA machineguns with covers are made of brass line.
All other AA machineguns are made of photo-etched parts from Finemold.
<艦尾>
艦尾形状は水上機母艦時代のものとほぼ同じで、「千代田」の場合甲標的母艦時代のものを再度取り払って復旧したと思われます。
The shape of stern is almost identicle to that of its foundation. it seems to be replaced after being rebuilt to KOU-target carrier.
<艦載機>
今回は「あ号作戦」において展開された、珍しく殆ど零戦で構成された編隊を再現してみました。
昭和十九年6月19日0720から0730に「千代田」より発艦した第1次攻撃隊の編成の内容は、直援機(零戦52型)4機、零戦に胴体下に爆弾とチップタンクを翼下に
吊った特別仕様の「零戦戦爆」14機、そして2機の誘導機でした。
この誘導機は「日本空母戦史」の625Pでは「天山は旗艦である『千歳』にのみ搭載され〜『千代田』は九七式艦攻を搭載していた」とありますが、「マリアナ沖海戦」では天山となっています(190〜191P)。
残念ながら一次資料が見つからなかった為どちらの資料を信じたものか、と思いましたが、後者のほうが実際の搭乗員の方の証言やレーダーの故障
に関する記述などがあったため、「千代田」に搭載されていたのは『天山』あるとの記述を信用することにしました。
強度を考えると「零戦戦爆」の左右の翼の下のチップタンクは模型のものより一回り小さな、「彗星」のものと同様のものだったと考えられますが、
模型的にこれ以上小さくしてしまうと「裸眼で見えない」という問題があるので、ひとまわりオーバースケールにしてあります。
飛行甲板上に並べられた飛行機の順番は不明ですが、必要とされる滑走距離を考えて軽い順に直援用零戦、零戦戦爆、誘導用(レーダーを積んでいた
ので重かったそうです)の天山を並べました。
During the battle of Mariana, IJN used type0 fighterplane as a kind of "fighter bomber" due to lack of strong bomber.
The "type zero fighterbomber" was remodeled from new build plane, because original plane was not capable to carry 250kg bomb without new attachment.
Fighterbombers also carried chip tanks below the wings.
Considering their weght, I arranged planes on deck in order from fighter, fighterbomber to Tenzan with rader equiment(it was heavy).
On 0720~0730 June 19th, 1944, Chiyoda launched 4 type zero model 52 fighterplanes, 14 fighterbombers and 2 invitation planes (Tenzan).
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