帝国海軍戦艦・戦艦「超大和型」(1/700 フジミ)
IJN battleship plan A-150(Fujimi)



参考文献:
学研 歴史群像太平洋戦史シリーズ54「戦艦『大和』『武蔵』」
「戦艦大和」(模型写真集)
ダイヤモンド社 呉市海事博物館図録 日本海軍艦艇写真集別巻「戦艦 大和・武蔵」


Reference:
Gakken history of pacificwar seris 54"Battleship Yamato and Musashi"
"Battleship Yamato" (Photos of model)
Daiamond sha/ Kures naval museum "pictures of IJN vessels Battleship Yamato and Musashi"

The battleship so called "super-Yamato" class is offocialy named plan "A-150",and it was the very last battleship plan on IJN.
As she was cancelled due to start of the war, and ended as paperplan, there is no actual blueprint or official documents remain, but tecknological improvement and investments were done to build this 50cm gun battleship.
Details are written on Gakken,s Pacific war series ,so I only describes what theory I chosed to make this model.


As there were no metal barrels, I used parts from the original kit, after scratching needless line, fill hole, and add muzzle by 0.7mm drill.


original kit contained very low and flat parts which is presumed to be 10cm AA gun turret.
But if it is turret for type98 10cm AAgun L65, it cannot be smaller than type89 twin AA guns, so I used same turret as type 89.considering "better than the original".
Gun barrles of 10cm guns are made of brass parts.
Machineguns are replaced to accurate parts from Finemold.


Anchor is replaced to parts from Finemold.
Chains are replaced to real chain.


I painted deck with several wood color.


I replaced rails on aircraft deck to photo-etched parts.
Catapults are also replaced to photo-etched parts.
Type 0 observation plane is painted in glay, because A150 must have been buildt if there were no war.


Design fo antenna mast is same as Yamato on ealy stage.


 大和型戦艦4隻竣工後、建造予定だったとされる日本海軍が最後に計画した戦艦です。
 現状わかっている本計画に関する詳細は、上記の学研の太平洋戦記シリーズ54に詳しく書いてあるので、ここでは模型製作のうえでどう解釈したかのみを記します。
    <模型の甲板の制作>

 錨甲板の鎖は本物の鎖に換装。
 木製甲板は今回、タンをベースに白・黄色・ブラウンを混ぜた塗料で塗りました。



<艦首>

 艦首菊花紋章はファインモールド製プラ部品を使用。
 アンカーも同様にファインモールドのプラ部品製で、アンカーチェーンも本物の鎖に換装しています。
 艦首には、係船索をはるための穴をあけています。
<舷側>
 側面はデザインナイフでけがいて鉄板の継ぎ目を表現。計画通り竣工していれば舷窓もあけられて、時期的に舷外電路は内装になっているだろう、と判断して、舷側のディティールは一旦すべて 削り落としてから再現しています。。
 汚水捨て管は金属板で新造しました。
 収納状態のボートダビッドはファイン製のプラ部品製を使用しました。
 ボートを吊っているのダビッドはハセガワ製エッチングパーツを使用。
 チョック・フェアリーダーは0.5mmプラ板を加工して作りました。
<主砲>

 50cm砲はキットのものしかないため、慎重に継ぎ目をサンドペーパーでならして消しています。
 パーペットの補強板は金属製です。
 

<副砲>
 「超大和」型の場合、全長を短くするために1・4番の副砲は廃止された可能性もありますが、15.5cm砲は砲身を真鍮製のものに換装。
 側面はデザインナイフで線をいれて放熱板の継ぎ目とすきまを塗装も用いて表現しています。
 試験航海中の「武蔵」の写真で明瞭に見える砲塔基部の穴も加工したんですが、残念ながらほとんど見えません。また、背面にはパラペーンを配置してあります。

 
<艦橋>

 艦橋構造は学研の「大和・武蔵」を主に参考にしています。
   速力標はフライホークのエッチング製。。
 
 艦橋トップの対空艦橋には、ハセガワ製のエッチングの双眼鏡を配置しました。
 窓枠はジョーワールド製エッチングですが、艦橋背面の窓は正確には6角形だったようです。
 信号灯とサーチライト類はファインモールド製の専用部品を使いました。
<煙突>
 煙突の雨よけは0.2mm真鍮線製。
 煙突脇の探照射燈と指揮装置カバーは、ファインモールドの透明部品を使っています。
 蒸気捨て管の一部は0.5mm真鍮線製です。

<後部空中線支柱>
 ヤヌス・シコルスキーさんの図面を参考に、真鍮線で組みました。
 小さな探照燈がマストの中ほどに載っていますが、これはファインモールドから出た部品を使っています。

<高角砲・対空機銃>

 今回、カバー付高角砲の砲身は、クリッパー社製の真鍮製のものを使用してみました。
 
 フジミのキットの高角砲は「長10cm砲用」というつもりなのか、つぶれたものが入っています。が、オリジナル大和や空母の採用していた八九式12.7cm高角砲のそれより容積をとるはずなので それは使わず、12.7cm砲用をそのまま使いました。
 高角砲の用途が「敵雷爆撃機の攻撃を邪魔する」ことだったことも考えると、コストが安く、一発の被害半径が広い八九式が超大和型にも採用された可能性は高いと思います。  
 3連機銃はどれもファインモールド製です。
<艦尾・飛行甲板>

 
 飛行機運搬軌条はジョーワールド製のものを使いました。

 細かい点ですが、フジミ製キットではクレーンの基部がちゃんと2本ある竜骨にあわせて若干中心線からずれた位置に設けられていました。
 また、ボート収容デッキには扉も設けられています。 。
 カタパルトは、ファインモールドのエッチング製です。
<航空機>

 戦争が始まっていなければ、まだ偵察機・観測機はグレー塗装のままだろうということで、グレーの零式艦上観測機を載せました。
<空中線>
 空中線(アンテナ)は残念ながらはっきりした資料がないので、呉の海事博物館の模型と、「武蔵」の写真を参考に展張しました。
 昭和17年6〜7月に徳山〜呉間で撮影されました「武蔵」の写真を見ると、後部アンテナマストから伸びている線のいくつかは 煙突後部方向に伸びているのがわかります。
 また、船の舵の状況を後続艦に知らせる舵柄信号も左右に見えますが、これの「基本位置」と思われる場所には白線がマストに塗装されているようです。

 
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