帝国海軍戦艦・戦艦「陸奥」昭和16年(1/700 フジミ))
IJN battleship Nagato class Nagato 1941(Fujimi)



参考文献:

「日本海軍艦艇図面集」

光人社 写真 日本の軍艦 「戦艦2」(模型写真集)

ダイヤモンド社 呉市海事博物館図録 日本海軍艦艇写真集「戦艦」

モデルアート 「スーパーイラストレーション2 日本海軍戦艦長門」
新潮社「軍艦長門の生涯」

Reference:
"Blueprints of IJN Vessels"
Kojinsha photograph of IJN vessels
Daiamond sha/ Kures naval museum "pictures of IJN vessels Battleship"
Modelart "super illustration2 IJN Nagato"
shinchosha"Life of warship Nagato"


 フジミ製キットをベースに制作いたしました。状態は開戦の少し前、有名な舷外電路を装着した頃のものです。
 フジミ製キットはアオシマ製と比べて後発だったこともあり、舷外電路や窓の雨除けといったディティールに優れています。が、逆に戦前の状態を作りたい、新しいデータがみつかったといった自分で改造を前提にするなら、アオシマのほうがいいでしょう。
 しかし、フジミ製は純正のエッチングセットが出ていることもあり、コストと手間を勘案するとやはりフジミ製のほうが現状では優れていると言えそうです。
 今回は有名な写真のように、主砲を左舷側に指向させた状態にしました(写真では停泊して操砲だけしていますが、模型は航行状態にしました。そのため、主砲・副砲付近のてすりを取り付けていません。)
 さて、フルハルキットの長門ですが、船体部分はバスタブのような一体成型でした。ほんの若干のプラスチックのひけがみられたっため、船体接着後、ほんの少し生じる段差・隙間をうめるためにもパテをもって、舷側のディティールが削れてしまわないように注意しながら整形しました。

<長門と陸奥の違い>

陸奥と長門の相違点は、主だったものは以下の通り
・正面から見て、艦橋下部の窓が長門は丸窓2つ、横の窓の高さが狭い。陸奥は正面の丸窓が4つ、横の窓が広い。
・艦橋最上階背面の形が違う
・艦橋ヤードが長門は若干上向き、陸奥は水平
・艦橋正面の見張り方位盤に陸奥はカバーがついている
・羅針盤艦橋の小型探照灯付近、長門だけ床が一段下がっている
・艦橋左右の高角砲ブルワーク、陸奥は切り欠きあり
・後部艦橋構造が違う
・飛行機運搬軌条が、長門は若干外側に反っているが陸奥はまっすぐ
・甲板上の通風きのこの位置
・艦首旗竿のサポートが前にあるのが陸奥、後ろにあるのが長門
等が挙げられます。

Differnces between Nagato and Mutsu are:
Front of bridge:Nagato has 2 round windows and having narrow side window. Mutsu has 4 round windows, and wide side windows.
Shape of the top deck structure back
Yard of Nagato`s bridge is has a weak angle, but Mutsu`s back yard is horizontal.
There is cover on Mutsu,s watch deck on front of bridge.
Nagato`s compass bridge has a step around the small searchlights.
Bullwarks in front of AA guns are different.
Shape of aft bridge structure
Ventilators on the deck are placed on different spots.
Rails of aircraft flight deck are different.
Support of bow flag pole , Mutsu has support on front, Nagato has it on back.
And so on.


 <艦橋>

 長門型戦艦の魅力の4割位を占めているであろう艦橋は、実際一番手間のかかる部位でもありました。  
ただ、考証面で見てもアオシマ製より後発だけに、よく図面と写真資料を基に再現されていると思いました。
 窓枠も純正エッチングを使用しましたが、いちいち採寸する必要がないので楽でした。一番下の、大きな窓だけ枠がなかったので、ジョーワールド製のエッチング製窓枠を使っています。
 艦橋内の機材は、ライオンロア製のエッチングを使いました。特に今回は射撃シーンの再現のため、艦橋の人員を大目に配置しています。

<航空機甲板>

 多くのフジミ製エッチングセットは飛行機移動用のレールが付属していますが、これはフジミでも初期のものなせいか、セットに付属していませんでした。そこで、ライオンロア製のエッチング製軌条・旋回盤を使用しました。  
 カタパルトはフジミ純正です。長門のそれは、スペースの関係から中折れ式になっていました。
 通風塔はレジン製・金属製を併用しています。

<艤装品>

 甲板上の構造物には、レジン製のキャップスタン・ベンチレーターを使ってみました。
 きのこ型通風塔はクリッパーの金属製です。
 アンカーチェーンは金属製の本物の鎖に代えて、錨はファインモールド製のプラスチック製ものにしました。


This time , I tried to use resin parts of capstans, ventilators.
Targetting device, remort controller are made of photo etched parts.
Anchor chains are replaced to real chains.
Anchor itself are made of plastic parts from Finemold.
<甲板>

 甲板の小物類も、アオシマ製と比べて豊富に表現されています。今回は射撃中のシーンなので、てすりがなく、そのぶん甲板上の小物には気を使いました。
 今回はあえてキットの甲板上の小物を割愛し、金属・レジン製部品に交換しました。特に、きのこ型通風塔とキャップスタンは、Genuine Model というメーカー製のものを使いました。
 21世紀になってから手軽なシール式の木製甲板がでまわっていますが、劣化もするので自分は必ず塗装でこれを表現しています。タンをベースに、中間色含めて5色くらいの「材木色」をマスキングしながら塗っていきます。最後に軽くウォッシングでなじませると「ちょっと使いこんだ甲板」を表現できます。

<後部構造物・マスト>

 マストは、マスト本体以外全部金属細工です。フジミ純正エッチングでは表現されていない足掛けは「海魂」製、避雷針・風速計はレインボーのエッチングを使いました。灯は、透明な伸ばしランナーを切って自作しています。
 長門と陸奥の最大の相違点である後部構造物はほぼキットのままですが、背面の灯は表現されていないためレインボー製のエッチングを使用しました。

<武装類>

 主砲砲身はライオンロアの金属製砲身に換装した上で、基部を調整して仰角をつけました。
 今回初めて、「海魂」というメーカーから出ている、パーペットの走行版を接合するリベットのエッチング部品をはりつけています。この継ぎ目ですが、現存する写真では弱点となるためか砲塔上面同様、修正されていることの多い個所です。
 副砲砲身は、アベール製の真鍮製のものに換装しました。
 機銃弾薬箱は0.8mmプラ棒と、ライオンロアのエッチング製を併用しています。
 探照灯類は、ファインモールドの透明部品を使いました。
 I replaced gun barrels to brass parts from Aber and lion loar.
Serchlights and signal lights are made of clear parrts from Finemold

<対空兵装>

 昭和17年ごろまでの艦艇はいずれも対空装備は昭和19年以降の半数以下です。
 高角砲・機銃はファインモールド製の部品を使いました。

<空中線>

 旗竿・支柱は0.2,0.3mm真鍮線製。
 空中線は0.01mm鋼線製です。

<航空兵装>

 「軍艦長門の生涯」によると、昭和11年の改装後の「長門」搭載機は九五式水偵三機、となっています。
 これがいつ零式水上観測機にリプレースされたのかは43年初頭のようです(少なくともあ号・捷号作戦当時はもう零式だったことが写真で確認できます)が、長門の飛行隊長だった伊藤敦夫さんは手記の中で「昭和19年(44年)6月、サイパン島で九五式水偵を〜」と書かれていたりもします。
 艦載機は射撃中は、爆風で破損するため通常は退避させていたので今回は載せていません。


Nagato carried 3 of type 95 2seats plane since 1937, and replaced to 2-seat Type O Observation Seaplanes early in 1943.
But NAGATO Hikocho Lt Cdr ITO Atsuo suggests they had Type 95 off Saipan in June 1944 .





 
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