帝国海軍戦艦・戦艦大和型「大和」(フルハル)(1945年1月)(1/700 フジミ)
IJN battleship Yamato class Yamato Jan.1945(Tamiya)

戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)

参考文献:
学研 歴史群像太平洋戦史シリーズ54「戦艦『大和』『武蔵』」
「戦艦大和」(模型写真集)
ダイヤモンド社 呉市海事博物館図録 日本海軍艦艇写真集別巻「戦艦 大和・武蔵」
防衛省図書館所蔵資料 C戦闘詳報723−2「戦闘詳報軍艦大和」
「軍艦大和戦闘詳報 第三號」
           E兵器1「軍艦大和砲噴兵器」
           E兵器2「旧軍艦大和砲噴兵器」
光人社 リバイバル戦記コレクション1「大和主砲指揮所に地獄をみた」
「写真 太平洋戦争」
    ヤヌス・シコルスキー「戦艦『大和』図面集」


Reference:
Gakken history of pacificwar seris 54"Battleship Yamato and Musashi"
"Battleship Yamato" (Photos of model)
Daiamond sha/ Kures naval museum "pictures of IJN vessels Battleship Yamato and Musashi"
JSDF library source number 4 battle record 723-2" battle record of Yamato"
"battle record of Yamato no.3"
6 weapons1 "WArship Yamato,s arms"
6 weapons2 "Guns of Yamato"
Kojinsha war record "I saw hell on top of Yamato"
Blueprits of Yamato by Yanuz Sikulski
 昭和20年1月、最後のドック入り直後から、有名な上空写真の撮られた呉空襲時の状態を想定して制作しました。
 甲板は捷号作戦の際、一度黒く塗られていたことがわかっていますが、その後撮影された記念写真や米軍の撮影した呉空襲時の写真を見ると塗装が落とされて白っぽい材木の色に戻っていることが 確認できるため、材木の色を出してみました。
  <模型の甲板の制作>
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
 甲板は、残念ながら凹ではなく凸モールドのため、やすりで凸モールドをおとしてから、デザインナイフで材木のつぎ目をいれておきます。
 さらに、材木の配置パターンを横線で入れておきます。この横線は何メートルおき、という基準ではなく、鉄板下のフレームを意識して配されていたそうです。
 艦首フェアリーダー・ブルワークは戦後海中で撮影された写真があるのでこれを参考に0.5mmプラ板で作り直しました。
 錨甲板の鎖は本物の鎖に換装。
 木製甲板は今回、タンをベースに白・黄色・ブラウンを混ぜた塗料で塗りました。
 1番砲塔より前の甲板はレイテ沖海戦後、修復されているため若干新品らしく明るめのトーンにしてあります。
 今回は停泊状態を想定して、舷門をつけ、甲板上には将校を出迎える船員達を並べてみました。
 尚、士官を出迎えるときなどは必ず「右舷側」を使いましたが、これは「右舷側が上座」という意識があったからだそうです(下級船員は左舷を主に使う)。

<艦首>
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)

 艦首フェアリーダー・フェアリーダーは0.5mmプラ板製。
 アンカーはファインモールドのプラ部品製で、アンカーチェーンも本物の鎖に換装しています。
 艦首には、係船ワイヤーをはるための穴をあけています。
<舷側>
 側面はデザインナイフでけがいて鉄板の継ぎ目を表現、閉塞された窓はフジミのキットでは一部再現されていましたが特に下部のそれが足りないため、、若干オーバースケールですが 0.4mmプラ棒をスライスしたもので表現してみました。駆逐艦の場合は0.3mmのほうがよいと思います。
 舷外電路と汚水捨て管はプラ棒で新造しました。
 ボートダビッドはピットロード製のプラ部品製を使用しました。  艦尾付近のダビッドはファインモールド製。
 舷門とラッタルはロイヤルモデルのエッチング製です。
<主砲>
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
 今回46cm砲はアベール社製真鍮製に換装。砲塔上の機銃ブルワークはジョーワールド製のエッチング角型 ブルワークに変更しました。
 パーペットの補強板はプラ板製です。
 艦橋背面は、武蔵の公試中の写真と呉海事博物館の模型を参考にディティールを追加しています。

<副砲>
 15.5cm砲は砲身を真鍮製のものに換装。
 側面はデザインナイフで線をいれて放熱板の継ぎ目とすきまを塗装も用いて表現しています。
 試験航海中の「武蔵」の写真で明瞭に見える砲塔基部の穴も加工したんですが、残念ながらほとんど見えません。また、背面にはパラペーンを配置してあります。

 1番副砲の背面には踊り場を設けています。
<艦橋>
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)

 艦橋構造は学研の「大和・武蔵」を主に参考にしています。
 主な改造箇所は旗甲板と電探位置でした。
 艦橋上の二一号電探はゴールドメダル製。背面の補強は0.2mm真鍮線で造りました。  ピットロードの部品セットの二二号はキットのものに穴をあけました。
 二二号のラッパの内側は白く塗られていたそうですが、これだと塗ってもわかりませんね。
 艦橋前面側壁には、プラ片製の逆探を装備しています。
 

 艦橋後部は「大和」「武蔵」の数少ない識別点のひとつなので、踊り場を含めて再現しています。
 艦橋背面には拡張された旗甲板を施工しました。
 今回は停泊状態ですので、速力標は出していません。大型船舶が停泊する場合は黒球を掲揚しますが、どういうわけか当時の日本艦艇の写真を見てもこれがみあたりません。
 
 艦橋トップの対空艦橋には、ピットロード製の双眼鏡を配置しました。
 窓枠もジョーワールド製エッチングですが、艦橋背面の窓は正確には6角形だったようです。
 信号灯とサーチライト類はファインモールド製の専用部品を使いました。
<煙突>
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
 煙突まわりのグレーチングは、0.08mm銅線製。
 煙突脇の探照射燈と指揮装置カバーは、ファインモールドの透明部品を使っています。
 写真ではわかりませんが、ヤヌス・シコルスキーさんの図面から、煙突背面には吸気口を設けてあります。
 蒸気捨て管の一部は0.5mm真鍮線製です。

<後部空中線支柱>
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
 ヤヌス・シコルスキーさんの図面を参考に、真鍮線で組みました。
 小さな探照燈がマストの中ほどに載っていますが、これはファインモールドから出た部品を使っています。
 十三号電探は敢えて大き目のピットロード製のものを使いました。スケール的には大きすぎますが存在感を主張できます。

<高角砲・対空機銃>
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)

 今回、カバー付高角砲の砲身は、クリッパー社製の真鍮製のものを使用してみました。
 
 裸の高角砲はピットロード製のものを使っています。  
 射界制限装置は真鍮線製。甲板上の裸の3連機銃はどれもファインモールド製です。
 シールドの有無に関しては、確固たる証拠はないのですが、少なくとも無管制・無動力の機銃には重量の問題から(シールドは、薄く見えておよそ2tある そうですのでつけると人力旋回は不可能になります)盾はついていなかった、と断定できます。
 機銃増設に伴い、特に視界の無きに等しいカバー付機銃には必須となる機銃射撃指揮装置も増設しています。装備位置は学研の太平洋戦記シリーズ54「戦艦『大和』『武蔵』」を基にしました。
 この指揮装置、最大で3基の機銃を指揮したそうですが、これは各機銃の射線を交差させて火力を集中させるもの・・・ではなく、単に指揮装置の向いた方向に機銃を向けるよう指示するだけのものでした。
 「大和」の戦闘詳報の最後のほうにある「戦訓」の欄には、「大和が多数の機銃を有していたにもかかわらず撃墜機数が少ないのは、機銃と離れた位置に ある機銃射撃指揮装置とのずれのせいで火線が集中しなかったため」と書かれており、他の艦の戦闘詳報でも戦闘後よく故障が報告されています。
 機銃や砲に関する一次資料として砲の艤装を担当された方の書かれた「旧軍艦大和砲噴兵器」という立派な資料がありますが、残念ながら機銃に 関しては若干信憑性が薄いようで、艦橋の13mm機銃は「単装」とされてしまっています。
 これに関しては呉の海事博物館に「前部艦橋13mm連装機銃台構造」という昭和15年10月3日付けの図面が残っており、「大和」「武蔵」の 元乗員三の方々にも多数この連装機銃を見た方がいらっしゃるので、連装機銃だったのは間違いないようです。
 ただ、これはまた聞きの情報で裏が取れていないのですが、「大和」の13mm連装機銃を担当されていたという方が「レイテ沖で負傷し、昭和20年に 復帰したら自分の担当していた機銃が連装から4連装になっていた」との証言があるため、信憑性は薄いのですが4連装というマイナーな銃に関する 情報も珍しいので、これを採用して模型では4連装機銃にしました(前述の図面を見ても、4連装を置くのにスペース的な問題はなさそうです)。
 
「写真 日本の軍艦」には4連装機銃は戦艦では大和と比叡のみ装備した、と書いてあり、模型はファインモールド製のエッチング製のものを使っています。
 学研の「戦艦『大和・武蔵』」を参考に、機銃指揮所も増設してみました。
甲板上の指揮を受けない機銃のブルワークは海底調査と記念写真で確認できますが、これには白いふちどりがされています。
 これはおそらく、工期短縮のため、通常であれば保安のために鉄板のぷちを丸めるかパッドをするところ、そのような余裕がなかったため「ここは危険ですよ」 という意味でふちどりをしたのだと思います。
 砲塔上の機銃のブルワークと追加デッキもジョーワールド製ですが、ここの周囲には一号キャンバスという防水布でくるまれた柔道畳でかこわれて いたという証言があります。 <艦尾・飛行甲板>
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)

 飛行甲板上のリノリウム歩行帯はジョーワールド製。
 飛行機運搬軌条もジョーワールド製ですが、タミヤ製キット準拠なので多少調整が必要です。
 昭和19年の通達で大型艦船にも対潜爆雷を搭載したそうなので、機銃台付近に爆雷の入った装甲ボックスを追加しました。

 海底調査でそれらしきものがみつかり、複数の写真でその存在の確定した艦尾機銃座はジョーワールド製部品を使いました。
 艦尾旗ざおには信号灯もつけています。
 細かい点ですが、フジミ製キットではクレーンの基部がちゃんと2本ある竜骨にあわせて若干中心線からずれた位置に設けられていました。
 また、ボート収容デッキには扉も設けられています。
 折角停泊状態を再現したので、17m内火艇を収容しているシーンを再現してみました。
 艦尾には応急舵をとりつけています。
 クレーン付近には、証言を元に2基の単装機銃を配置しています。
 カタパルトは、ジョーワールド製新製品の、上面に滑り止めパターンのあるものを使いました。
<航空機>
 「大和」は天一号作戦の際、1機だけ零式3座水偵を搭載していました。
 この飛行機は出雲雅成上飛曹機で、作戦当日0600に「大和」後部飛行甲板右舷カタパルトより前路対潜哨戒のため発進の後、指定基地に着水、 爆装の上待機、という記録があります。
 その後出雲機は指定基地から佐世保に移動待機、機体返納の後、出雲さんは館山で終戦を迎えています。
 そんなわけで出撃前の模型を作るなら右舷側カタパルトに零式3座を載せるとよろしいようです。

 しかし公式には、大和は零式3座水偵を搭載(艦内に収容)することは無理でした。
 これは、零式3座水偵は本来愛知がベンチャーで作ったもので、本来採用されるはずだった2座水偵の計画が流れてしまい予定外で採用された機体であるため、エレベーターの規格にあわない ためでした。
 これは、レイテ沖海戦時の戦闘詳報の最後に艦長の意見として「零式水観を飛ばしたがすぐに撃墜されてしまった。もっと高性能な彗星(二式艦上偵察機)や99艦爆なみの性能の瑞雲が欲しい、 これらなら大和も搭載可能(零式3座は無理)」と書かれていることで裏づけがとれました。
 逆に、95式水偵にかわって着弾観測を目的とした零式水上観測機は当初から設計段階から95式と同じスペースに収容することが求められていた結果、かなり無茶な翼の変形っぷりを見せてくれます。
 かなりの部品点数になりましたが、一応零式水観の収容シーンを作ってみました。  尚、大和型の公式な搭載機は艦固有の航空機が廃止になるまで「2座水偵×2」となっています。







<空中線>
 空中線(アンテナ)は残念ながらはっきりした資料がないので、呉の海事博物館の模型と、「武蔵」の写真を参考に展張しました。
 昭和17年6〜7月に徳山〜呉間で撮影されました「武蔵」の写真を見ると、後部アンテナマストから伸びている線のいくつかは 煙突後部方向に伸びているのがわかります。
 また、船の舵の状況を後続艦に知らせる舵柄信号も左右に見えますが、これの「基本位置」と思われる場所には白線がマストに塗装されているようです。  
 艦尾のクレーンや副砲上についていたアンテナポストは昭和20年に入ってからレイテ沖海戦時の戦訓から撤去されていたようですので、これも取り付けていません。
 実際、「武蔵」の乗員の方が「戦闘中、切れた空中線が甲板を蛇のようにのたうって危険だった」という証言もされています。
 1次資料出展が不明ですが学研の本には「艦尾に伸びる空中線が廃止された後は、構造物を取り囲むように空中線は展張された」とありました。

<ハル>
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)
戦艦大和型「大和」(昭和20年)IJN BB Yamato(1945)

 水線下は、スマートさを強調するためにあえて継ぎ目を入れていません。
 実際ここは念入りに鋲接の上溶接され、流線型にするよう努力がなされたそうです。
 スクリューのピッチの向きは残念ながら不明です。これの色ですが、スクリューは青銅製なので本当はもっと鈍い金色のはずです。シャフトは特殊鋼製なので色も本来違うはずですが。
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